7/09/2013

校長という仕事

 2006年の記事ですが、当時東京都杉並区立和田中学校の校長をされていた藤原先生の記事がありましたのでご紹介!

Nikkei BPnet :今学校で何が起きているのか 「校長という種族」

 教頭さんは事務処理係、膨大な文書を処理します。それと電話番。
今の教頭さんたち。定時の出勤退勤が増えているようですが、昔は朝7時に出勤して巡視を兼ねて子どもたちのために昇降口を解錠する。そしてお湯を沸かしつつ欠席連絡の電話番。1日の終りは日直巡視後に再度正常確認を行い、最終退庁となり。早くても午後8時の退勤。授業を持っている教頭さんもいますが、ほとんど事務処理と電話番が仕事となります。ついでに問題ある校長に仕えた場合、その心労たるやすごいらしく、常に退職願を背広の内ポケットに忍ばせていた教頭さんもいるほどです。
 これだけの仕事で管理職手当が月に4〜5万円と聞いたことがありますが、隣でいつも眺めていて「この仕事はやらなくていいや!」と思ったものです。

こういう事務職を経験するので藤原先生の下記の記載となるのでしょう!

===転載ここから===
校長は「上がり」の仕事か
 こうした中途半端な権限しかない校長だが、新米教師として初任地に赴任し「先生」と呼ばれるようになってから20年から30年。一通り主任を経験して教頭となり、その後校長任用試験を受けて、学校という世界ではいちばん偉い地位に就く。多くの校長はそれを「上がり」の立場として安住する。だから保守的になり、新しいことにチャレンジする気持ちが失せる。
 教頭在職中は校長に仕えて死ぬほど事務仕事をこなすから、校長になったとたんに「お山の大将」気分になるのも無理からぬところだ。しかし、実際にはマネジメントの「マ」の字も知らないで校長職に乗っかっちゃっている諸氏も少なからずいる。ただの事務長のままなのである。
 唯一の上司である教育長には、忘年会の席などで、酒を注いでなんとか機嫌を取ろうと校長先生の長蛇の列ができる。サラリーマンとかわらない。
 外の世界をほとんど知らないから、校長は校長同士で傷をなめあい、校長サークルの中で人生を営んでゆく。60歳で校長を辞めても、嘱託で教育研修所長とか教育相談担当の参与になりたいので、教育委員会には相変わらず頭が上がらない。その後も校長仲間とだけゴルフをし、旅行会や山登り会に参加する。
 でも、生徒に及ぼす影響では、最後まで教員で通すプロ教師にはかなわない。生徒が大人になって結婚式に招くのは、校長ではなくて、「担任してくれた先生」だからだ。
===転載ここまで===

 校長となって最も大切なのはやはり教育熱というか愛というか、自分の理想の具現化であると思うのです。現場でどうしても納得できず、「俺は校長になって自分の理想に使い教育をしたい」と思った熱意を忘れてはならないですよね。
それなくして安住の地になってしまうとやはり学校は何も変わりませんし、逆に質が低下します。
 年をとっても情熱は失っちゃいけませんよね。
教師は、情熱がなくなった時、子どもたちとの関わりに楽しみを覚えなくなった時が退職時だと思います。金のためだけに職にすがりつく情熱のない教師は、生徒にとって迷惑な存在、不幸でしかありません。

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