10/11/2011

足りない千羽鶴

足りない「千羽鶴」
        
真寿美ちゃんは、小学校の一年生‥「さくら組」です。
さくら組の担任はけいこママ‥‥「学校では先生がママです。」と自己紹介をしたけいこ先生‥、優しいお母さん先生です。    
真寿美ちゃんは、学校が大好き‥‥。
幼稚園も楽しかったけど、新しいお友達がいっぱいできました。校庭も幼稚園の園庭の何倍も広くて、校舎は3階建です。              
幼稚園は女の先生だけなのに、男の先生もいます。                                
ー1ー (クラスの学習風景)                                     

すべり台・回旋塔・ブランコ・鉄棒・跳び箱・鬼ごっこ・かくれんぼ、‥‥国語・算数・図工・歌・楽器を弾くのも、みーんな大好きです。でも一番好きなのはお友達とけいこ先生‥‥。
                       
休み時間になると、みんな外に出て、鬼ごっこや縄跳びをしたり、汗を流して走り回ります。                                
5年生や6年生の大きなお兄さん・お姉さん達も、一緒になって遊んでくれます。体が大きいのでちょっと怖いけど‥、でも大好きです。
                          
ー2ー (校庭の遊び)                                         

一番楽しいのはお給食と、一カ月に一回、お母さんが作ってくださる「手作りお弁当」です。今日はどんなお弁当かな‥‥。デザートに真っ赤ないちごが入っていました。                          
「あら!おいしそうないちご」
「先生はいどうぞ‥」
「ありがとう、でも真寿美ちゃんが召し上がれ‥」
仲良しの友佳ちゃんと、おかずの取り替えっこもします。今日も残さないで、きれいに食べました。                                    
ー3ー (お弁当の時間)
                                         
5月の連休が終わってから、真寿美ちゃんは風邪を引きました。高い熱が出て下がりません。お母さんと一緒に病院にいきました。
お医者さんは聴診器を当てて、                          
「肺炎を起こしてますから入院です」‥。
さあ大変!‥、パジャマに洗面道具・大好きな絵本・大きいくまの縫いぐるみも、みんな病室に運んできました。                      
これからお母さんと二人で、慣れない病院生活です。 

ー4ー (診察室の様子)
                                        
 入院してから2ケ月経ちました。
真寿美ちゃんは、まだ退院できません。新しい病気が見つかったのです。
「ねえ、お母さん、いつ退院できるの‥」
「う~ん、もう少し‥‥夏休みが終わったら‥かな。」
「早く学校にいきた~い、」
「‥‥‥‥‥」                                 
お母さんは、黙って、窓の外に広がる青い空を見て、お医者さんの言葉を思い出していました。
「真寿美ちゃんは、治りにくい血液の病気です。一生懸命治療してみますが‥‥。一日一日を大切にしてあげて下さい‥」                       

ー5ー (病室の母と子)
                                         
7月15日、もうすぐ夏休み‥。今日は、真寿美ちゃんのお誕生日です。
お友達が、きれいなお花とバースデーカード・折り鶴・それにクラス全員の寄せ書きを持って、お見舞にきてくれました。                  
「お誕生日おめでとう!」みんなでバースディの歌をうたいました。                  「早くよくなってね」
「ありがとう」
「又、みんなで遊ぼうね」
けいこ先生が、
「そうだ、とんぼのめがねを歌いましょうか‥」
みんなで一緒に歌いました。ほかの患者さんの迷惑にならないように小さな声で歌いました。
お母さんは、目にハンカチを当てていました。

  ー6ー (お見舞いの様子)
                                         
 秋になりました。
真寿美ちゃんが、毎日毎日待っていた退院の日です。院長先生・仲良しの看護婦さん達が、みんなで見送って下さいました。
「ありがとうございました。」
「お元気で‥頑張ってね」
「さようなら‥」
お母さんと真寿美ちゃんは、お父さんの車に乗りました。
看護婦さん達の姿が、だんだん小さくなりました。真寿美ちゃんは見えなくなるまで手を振っていました。

ー7ー (退院風景)
                                         
 今日は運動会です。
一年生は、「50メートル走」と「どらえもんのお遊戯」、それに「大玉転がしリレー」です。真寿美ちゃんは紅組です。でも応援しかできません。大きな声で、「フレーフレーあ・か・ぐ・みー」と、顔を真っ赤にして応援です。
でも一番嬉しかったのは、お母さんが作って下さったお弁当です。
大好きなお寿司・唐揚げ・ソーセージ・野菜サラダ‥、そしてデザートは、プリン・メロン・イチゴ‥‥飲み物はオレンジジュースです。
3人でおなか一杯食べました。
「来年も運動会に来れるといいね‥」とお父さんが小さな声で言いました。お母さんは、真寿美ちゃんに気づかれないように、そーっと涙を拭きました。

ー8ー (運動会)
                                         
ある日、学校から帰ると、
「真寿美ちゃん、幼稚園の敦子先生からお手紙よ」
敦子先生は、お母さんの様に優しくて大好きな先生でした。ランドセルを机の上に置き、手紙を読み始めました。
「(お母さんが病気になったので、幼稚園を辞めました。毎日病院に通って、看病をしています。大変ですが、一生懸命頑張ります。真寿美ちゃんも、病気に負けないで早く退院して下さい。元気になって会える日を楽しみにしています。)だって‥‥真寿美もう直ったのに‥」     
「‥‥‥」…お母さんは黙って手紙を読んでいました。
「真寿美ちゃん、お返事を書いたら‥」                      
(敦子せんせい、おてがみありがとう。お母さんの病気がはやくよくなりますように‥そして早く幼稚園に戻って下さい。遊びにいきたいです。)
      
ー9ー (手紙を読む)
                                        
 「お母さん、折り鶴を教えて‥」
「どうして?‥」
「敦子先生のお母さんにあげるの」
「それは素晴らしい!お母さんの病気が良くなるかも知れませんね」
真寿美ちゃんはお母さんに教えてもらい、一生懸命に折り始めました。
最初はなかなか鶴になりません。お母さんは、何度も何度も丁寧に教えました。そして、だんだん上手くなってきました。
「お母さん、これどう?‥」                           
「うまい、これならお見舞いに上げられそうね‥」                 
「やったー」                                  
真寿美ちゃんは、折り鶴を高く上げて                       
「飛んでいるみたい!‥‥」‥‥。

10(折り鶴の様子)
                                         
真寿美ちゃんは、薬の副作用でだんだん太って来ました。
45キロにもなって、おなかはお父さんのおなかみたいです。
クラスの男の子は、
「デーブ、デーブ太っちょ」
「真寿美のぶーたっ」と、大きな声ではやしました。
友達の美佐ちゃんと友佳ちゃんが、
「真寿美ちゃんは病気で太ってんのよ!悪口は止めて!」
「自分が言われたらどんな気持ち?」」
「男のくせに、弱い者いじめはひきょうだぞ!」
男の子たちは、あっかんべぇーをして逃げていきました。
泣いていた真寿美ちゃんは、
「ありがとう!」と言って、涙を拭きながらニコッと笑いました。

11(苛めと友達)

学校から帰ると、
「今日男の子にいじめられたんだって‥」
「お母さんどうして知ってんの?」
「友佳ちゃんのお母さんから、電話があったの」
「ちょっと泣いたけど、大丈夫‥」
「そうね、男の子達も病気のためとは知らなかったんじゃない‥。許して上げなさい。明日も学校は休まないで‥‥」
「もう大丈夫‥、真寿美負けないから‥。だって学校だい好きだもん!」
「そうね」                                   
「気にしなーい、気にしなーい‥。嫌なことは飛んで行け!」
真寿美ちゃんは、大きな声で言いました。                     
大好きなおじいちゃんが、いつも言っていたことばです。
こうして、次の日も元気に学校へいきました。

12(お母さんの励まし)                 
次の週の金曜日、学級活動の時間です。                     
「今日は、真寿美ちゃんが、このクラスの人に苛められたことで、話し合いをします。」と、けいこ先生‥。 友佳ちゃんと美佐ちゃんが立って、男の子が苛めたことをお話ししました。男の子達は、顔を真っ赤にして下を向いています。                 
「皆さん、どうしたらいいと思う?‥」                      
「‥‥‥」                                   
みんなは黙っていました。                            
だって‥その男の子達は、クラスで一番のきかん坊だったのです。          
でも、「さくら組」には勇気がありました。                    
「あやまったらいいと思います」                         
「いじめは悪いと思います」                           
「賛成!‥賛成!‥」                              
男の子達は、真寿美ちゃんの前に来て                       
「これから意地悪しないから、ごめんなさい」                   
真寿美ちゃんは、コクンとうなずきました。                    
「よーし、これで一件らくちゃーく!、もう意地悪はやめようね」」         
と、けいこ先生の大きな声‥。                          
「さくら組」にみんなの拍手が、いつまでも響いていました。

13ー (謝る二人と拍手)                                                         
秋もだんだん深くなって、木の葉が真っ赤になりました。そして茶色になり、カラカラと音を立てています。遠くの山は、白い帽子をかぶり始め、冬がそこまで来ていることを知らせています。             学校で給食が終わった後、真寿美ちゃんは、急に鼻血が出て止まらなくなりました。
お友達はみんなティッシュを持って集まりました。けいこ先生は、真寿美ちゃんを床に寝かせました。それでも鼻血は止まりません。
校長先生と相談して、救急車を呼びました。                     
お母さんが来ました。お父さんも来ました。先生と看護婦さんが一生懸命に手当をして、ようやく止まりました。でも、真寿美ちゃんは、また入院です。

14(救急車に乗せられた真寿美ちゃん)
                                         
2回目の入院生活が始まりました。お母さんは病院に泊まり込んで、真寿美ちゃんの看病です。
朝起きると、熱を計ります。そしてお薬を飲み、注射です。             
顔色が青くなってくると輸血もします。                      
手や腕は注射の針のあとがいっぱいです。
「真寿美ちゃん、注射よ、御免ね」
「痛い!‥‥でも我慢する‥、早く直って学校にいきたいもん‥。」
「偉い!はい終わり!‥‥。」
お母さんは、注射のあとが痛くならないように、静かーに静かに揉んであげます。
「痛いけど頑張ってね、ごめんなさい‥」                     
「ううん」                                   
真寿美ちゃんは、首を振ってさびしそうに笑いました。痛かったのか、ほっぺには涙が流れていました。

15(注射の場面)
                                        
 11月になってから、大変な事が起こりました。
真寿美ちゃんの髪の毛が抜け始めたのです。毎日、毎日抜けました。
そして殆ど抜けてしまったのです。                        
お母さんは、毛糸の帽子を編みました。
鏡を見た真寿美ちゃんは泣き出しました。
「男の子になっちゃったー」                           
でも、お母さんにはどうしようもありません。
回診に来られた先生が
「真寿美ちゃん、大丈夫‥直ぐに新しい髪の毛が生えて来ますよ。心配しないで‥」
「先生、ほんとに大丈夫?」
「大丈夫です。安心しなさい。」
「よかった‥‥」
鏡を見ましたが、今度は泣きませんでした。
お父さんは、今日もお仕事の帰りに病室に寄りました。
「真寿美、帽子が似合うよ。スエーデンやノルウェーの子供みたい‥」        
「それはどこ?‥」                               
「さむーい北国で、北極に近いところ‥」                     
「うーん、でも、やっぱり帽子かぶらない方がいい!」               
お父さんとお母さんは、思わず顔を見合わせました。

16(帽子を被った真寿美ちゃんと医師)

もう冬です。
病院から見える山も真っ白になりました。
髪の毛は少しずつ伸び始めました。でも真寿美ちゃんの病気は、なかなか良くなりません。熱が出たり、下がったりの繰り返しです。
それでも元気で、毎日鶴を折っています。お母さんにも手伝って貰い、ようやく716羽の折り鶴ができました。
「お母さん、クリスマスまでに千羽つくれるね‥」
「そうね、頑張りましょう。だけど、あまり無理をしちゃ駄目よ」
「大丈夫!‥元気だもん‥。」
毎週水曜日、クラスのお友達が交代で遊びに来ます。真寿美ちゃんの勉強が遅れないように、一緒に勉強をするのです。今日は、友佳ちゃんと美佐ちゃんが当番です。三人は夕方迄、楽しそうにお話しをしていました。                             
お母さんは、真寿美ちゃんが眠ると、毎晩お祈りをしていました。
「どうぞ病気を治りますように‥、もう一度学校に行けますように‥。そして、鶴が千羽になるまで、げ‥げんき‥元気でいられます‥ように‥‥」
お母さん最後のことばは、泣き声に変わってしまいました。

17ー (母親の祈りの姿)
  
12月になりました。
真寿美ちゃんは、熱の高い日が続くようになりました。
熱がある日は、折り鶴はお休みで、お母さんが、本を読んであげることにしていました。
今日はシンデレラのお話しです。                         
真寿美ちゃんは氷嚢が気持ちいいのか、ぐっすり眠ってしまいました。
「お母さん、先生がお呼びです。」
「はい」‥‥お母さんは、真寿美ちゃんのほっぺに自分の頬を静かに当て、熱がないのを確かめてから、ベットを離れました。
診察室に入ると
「大分弱って来ましたね。注射も輸血も余り効果がなくなってきました。」
「‥助からないんでしょうか‥‥」
「残念ですが‥、難しいです‥‥」
「‥‥いつ頃まで‥」
「そうですね‥長くて1月の始めか‥‥、12月の末でしょうね‥」
お母さんは、目の前が真っ暗になりました。
ーきっと助かる、退院できるとおもっていたのにー‥。               
涙が次から次と流れて止まらなくなりました。 

18(医師の告知とお母さん)
                                        
 クリスマスイブです。
お父さんも仕事を休んで、ツリーの飾り付けです。
真寿美ちゃんは、ベットの中でにこにこしながら見ています。
ようやく出来上がりました。
「お父さん‥ありがとう‥」
夜になりました。ライトがピカピカ・キラキラと輝き始めました。
「うワーッ、きれいっ」
お父さんとお母さんは、真寿美ちゃんを、そーっとベットの上に起こしました。
ラジカセから、クリスマスの歌が流れています。        
クリスマスケーキを、真寿美ちゃんの前に置きました。
お母さんが小さく切って、お口の中に入れて上げました。              
 「もっと‥?」
「もうたくさん‥。折り紙ちょうだい‥」
「今日はやめて明日にしたら‥」
「だって‥まだ足りないもん‥」
お父さんとお母さんは、鶴を折る真寿美ちゃんの手を、じーっと見ていました。                                     
真寿美ちゃんは、時々苦しそうに大きな息をしながら、それでも手を休めないで折っていました。窓の外には、細かい雪が降っています。

19(クリスマスイブ)
                                        
 12月31日、大晦日です。
テレビは、新年を迎える放送が賑やかでした。
でも、真寿美ちゃんは、病気と必死になって戦っていました。
もう目も開きません。時々小さな声で
「つる‥つる‥」といいながら、布団の上を探していました。
「はい、つるですよ‥」
お母さんは泣きながら、真寿美ちゃんの手に鶴を握らせました。
安心したのか、探していた手が止まりました。
「真寿美、しっかり!‥、目を開けてごらん‥」
お父さんの声が聞こえたのか、唇が少し動きました。                
真寿美ちゃんは、時々大きな息をしながら、眠っていました。
20(意識を失いながら鶴を探す真寿美ちゃん)                                                    
 1月1日‥。新しい年になりました。
真寿美ちゃんは、お父さんとお母さんに見守られ、静かに眠りました。
折りかけの鶴を両手で持ち、胸の上に乗せたままでした。
お母さんは、だんだん冷たくなっていく真寿美ちゃんの顔に、自分の頬を押し付け、しっかりと抱いていました。                    
真寿美ちゃんは、痛い注射も、高い熱の苦しみもない天国へ向かって、ゆっくり、ゆっくり昇っていきます。                       
千羽に足りなかった976羽の鶴が、真寿美ちゃんの体を支える様に囲みながら、美しい天国へ消えて行きました‥‥‥。
21(天国への旅立ち)

終わり

今は亡き麗幸(享年3才)、真寿美(享年5才)に捧ぐ
猪狩真平

 Copyright © 猪狩真平