真寿美ちゃんは、小学校の一年生‥「さくら組」です。
さくら組の担任はけいこママ‥‥「学校では先生がママです。」と自己紹介をしたけいこ先生‥、優しいお母さん先生です。
真寿美ちゃんは、学校が大好き‥‥。
幼稚園も楽しかったけど、新しいお友達がいっぱいできました。校庭も幼稚園の園庭の何倍も広くて、校舎は3階建です。
幼稚園は女の先生だけなのに、男の先生もいます。
ー1ー (クラスの学習風景)
すべり台・回旋塔・ブランコ・鉄棒・跳び箱・鬼ごっこ・かくれんぼ、‥‥国語・算数・図工・歌・楽器を弾くのも、みーんな大好きです。でも一番好きなのはお友達とけいこ先生‥‥。
休み時間になると、みんな外に出て、鬼ごっこや縄跳びをしたり、汗を流して走り回ります。
5年生や6年生の大きなお兄さん・お姉さん達も、一緒になって遊んでくれます。体が大きいのでちょっと怖いけど‥、でも大好きです。
ー2ー (校庭の遊び)
一番楽しいのはお給食と、一カ月に一回、お母さんが作ってくださる「手作りお弁当」です。今日はどんなお弁当かな‥‥。デザートに真っ赤ないちごが入っていました。
「あら!おいしそうないちご」
「先生はいどうぞ‥」
「ありがとう、でも真寿美ちゃんが召し上がれ‥」
仲良しの友佳ちゃんと、おかずの取り替えっこもします。今日も残さないで、きれいに食べました。
ー3ー (お弁当の時間)
5月の連休が終わってから、真寿美ちゃんは風邪を引きました。高い熱が出て下がりません。お母さんと一緒に病院にいきました。
お医者さんは聴診器を当てて、
「肺炎を起こしてますから入院です」‥。
さあ大変!‥、パジャマに洗面道具・大好きな絵本・大きいくまの縫いぐるみも、みんな病室に運んできました。
これからお母さんと二人で、慣れない病院生活です。
ー4ー (診察室の様子)
入院してから2ケ月経ちました。
真寿美ちゃんは、まだ退院できません。新しい病気が見つかったのです。
「ねえ、お母さん、いつ退院できるの‥」
「う~ん、もう少し‥‥夏休みが終わったら‥かな。」
「早く学校にいきた~い、」
「‥‥‥‥‥」
お母さんは、黙って、窓の外に広がる青い空を見て、お医者さんの言葉を思い出していました。
「真寿美ちゃんは、治りにくい血液の病気です。一生懸命治療してみますが‥‥。一日一日を大切にしてあげて下さい‥」
ー5ー (病室の母と子)
7月15日、もうすぐ夏休み‥。今日は、真寿美ちゃんのお誕生日です。
お友達が、きれいなお花とバースデーカード・折り鶴・それにクラス全員の寄せ書きを持って、お見舞にきてくれました。
「お誕生日おめでとう!」みんなでバースディの歌をうたいました。 「早くよくなってね」
「ありがとう」
「又、みんなで遊ぼうね」
けいこ先生が、
「そうだ、とんぼのめがねを歌いましょうか‥」
みんなで一緒に歌いました。ほかの患者さんの迷惑にならないように小さな声で歌いました。
お母さんは、目にハンカチを当てていました。
ー6ー (お見舞いの様子)
秋になりました。
真寿美ちゃんが、毎日毎日待っていた退院の日です。院長先生・仲良しの看護婦さん達が、みんなで見送って下さいました。
「ありがとうございました。」
「お元気で‥頑張ってね」
「さようなら‥」
お母さんと真寿美ちゃんは、お父さんの車に乗りました。
看護婦さん達の姿が、だんだん小さくなりました。真寿美ちゃんは見えなくなるまで手を振っていました。
ー7ー (退院風景)
今日は運動会です。
一年生は、「50メートル走」と「どらえもんのお遊戯」、それに「大玉転がしリレー」です。真寿美ちゃんは紅組です。でも応援しかできません。大きな声で、「フレーフレーあ・か・ぐ・みー」と、顔を真っ赤にして応援です。
でも一番嬉しかったのは、お母さんが作って下さったお弁当です。
大好きなお寿司・唐揚げ・ソーセージ・野菜サラダ‥、そしてデザートは、プリン・メロン・イチゴ‥‥飲み物はオレンジジュースです。
3人でおなか一杯食べました。
「来年も運動会に来れるといいね‥」とお父さんが小さな声で言いました。お母さんは、真寿美ちゃんに気づかれないように、そーっと涙を拭きました。
ー8ー (運動会)
ある日、学校から帰ると、
「真寿美ちゃん、幼稚園の敦子先生からお手紙よ」
敦子先生は、お母さんの様に優しくて大好きな先生でした。ランドセルを机の上に置き、手紙を読み始めました。
「(お母さんが病気になったので、幼稚園を辞めました。毎日病院に通って、看病をしています。大変ですが、一生懸命頑張ります。真寿美ちゃんも、病気に負けないで早く退院して下さい。元気になって会える日を楽しみにしています。)だって‥‥真寿美もう直ったのに‥」
「‥‥‥」…お母さんは黙って手紙を読んでいました。
「真寿美ちゃん、お返事を書いたら‥」
(敦子せんせい、おてがみありがとう。お母さんの病気がはやくよくなりますように‥そして早く幼稚園に戻って下さい。遊びにいきたいです。)
ー9ー (手紙を読む)
「お母さん、折り鶴を教えて‥」
「どうして?‥」
「敦子先生のお母さんにあげるの」
「それは素晴らしい!お母さんの病気が良くなるかも知れませんね」
真寿美ちゃんはお母さんに教えてもらい、一生懸命に折り始めました。
最初はなかなか鶴になりません。お母さんは、何度も何度も丁寧に教えました。そして、だんだん上手くなってきました。
「お母さん、これどう?‥」
「うまい、これならお見舞いに上げられそうね‥」
「やったー」
真寿美ちゃんは、折り鶴を高く上げて
「飛んでいるみたい!‥‥」‥‥。
ー10ー (折り鶴の様子)
真寿美ちゃんは、薬の副作用でだんだん太って来ました。
45キロにもなって、おなかはお父さんのおなかみたいです。
クラスの男の子は、
「デーブ、デーブ太っちょ」
「真寿美のぶーたっ」と、大きな声ではやしました。
友達の美佐ちゃんと友佳ちゃんが、
「真寿美ちゃんは病気で太ってんのよ!悪口は止めて!」
「自分が言われたらどんな気持ち?」」
「男のくせに、弱い者いじめはひきょうだぞ!」
男の子たちは、あっかんべぇーをして逃げていきました。
泣いていた真寿美ちゃんは、
「ありがとう!」と言って、涙を拭きながらニコッと笑いました。
ー11ー (苛めと友達)
学校から帰ると、
「今日男の子にいじめられたんだって‥」
「お母さんどうして知ってんの?」
「友佳ちゃんのお母さんから、電話があったの」
「ちょっと泣いたけど、大丈夫‥」
「そうね、男の子達も病気のためとは知らなかったんじゃない‥。許して上げなさい。明日も学校は休まないで‥‥」
「もう大丈夫‥、真寿美負けないから‥。だって学校だい好きだもん!」
「そうね」
「気にしなーい、気にしなーい‥。嫌なことは飛んで行け!」
真寿美ちゃんは、大きな声で言いました。
大好きなおじいちゃんが、いつも言っていたことばです。
こうして、次の日も元気に学校へいきました。
ー12ー (お母さんの励まし)
次の週の金曜日、学級活動の時間です。
「今日は、真寿美ちゃんが、このクラスの人に苛められたことで、話し合いをします。」と、けいこ先生‥。 友佳ちゃんと美佐ちゃんが立って、男の子が苛めたことをお話ししました。男の子達は、顔を真っ赤にして下を向いています。
「皆さん、どうしたらいいと思う?‥」
「‥‥‥」
みんなは黙っていました。
だって‥その男の子達は、クラスで一番のきかん坊だったのです。
でも、「さくら組」には勇気がありました。
「あやまったらいいと思います」
「いじめは悪いと思います」
「賛成!‥賛成!‥」
男の子達は、真寿美ちゃんの前に来て
「これから意地悪しないから、ごめんなさい」
真寿美ちゃんは、コクンとうなずきました。
「よーし、これで一件らくちゃーく!、もう意地悪はやめようね」」
と、けいこ先生の大きな声‥。
「さくら組」にみんなの拍手が、いつまでも響いていました。
ー13ー (謝る二人と拍手)
秋もだんだん深くなって、木の葉が真っ赤になりました。そして茶色になり、カラカラと音を立てています。遠くの山は、白い帽子をかぶり始め、冬がそこまで来ていることを知らせています。 学校で給食が終わった後、真寿美ちゃんは、急に鼻血が出て止まらなくなりました。
お友達はみんなティッシュを持って集まりました。けいこ先生は、真寿美ちゃんを床に寝かせました。それでも鼻血は止まりません。
校長先生と相談して、救急車を呼びました。
お母さんが来ました。お父さんも来ました。先生と看護婦さんが一生懸命に手当をして、ようやく止まりました。でも、真寿美ちゃんは、また入院です。
ー14ー (救急車に乗せられた真寿美ちゃん)
2回目の入院生活が始まりました。お母さんは病院に泊まり込んで、真寿美ちゃんの看病です。
朝起きると、熱を計ります。そしてお薬を飲み、注射です。
顔色が青くなってくると輸血もします。
手や腕は注射の針のあとがいっぱいです。
「真寿美ちゃん、注射よ、御免ね」
「痛い!‥‥でも我慢する‥、早く直って学校にいきたいもん‥。」
「偉い!はい終わり!‥‥。」
お母さんは、注射のあとが痛くならないように、静かーに静かに揉んであげます。
「痛いけど頑張ってね、ごめんなさい‥」
「ううん」
真寿美ちゃんは、首を振ってさびしそうに笑いました。痛かったのか、ほっぺには涙が流れていました。
ー15ー (注射の場面)
11月になってから、大変な事が起こりました。
真寿美ちゃんの髪の毛が抜け始めたのです。毎日、毎日抜けました。
そして殆ど抜けてしまったのです。
お母さんは、毛糸の帽子を編みました。
鏡を見た真寿美ちゃんは泣き出しました。
「男の子になっちゃったー」
でも、お母さんにはどうしようもありません。
回診に来られた先生が
「真寿美ちゃん、大丈夫‥直ぐに新しい髪の毛が生えて来ますよ。心配しないで‥」
「先生、ほんとに大丈夫?」
「大丈夫です。安心しなさい。」
「よかった‥‥」
鏡を見ましたが、今度は泣きませんでした。
お父さんは、今日もお仕事の帰りに病室に寄りました。
「真寿美、帽子が似合うよ。スエーデンやノルウェーの子供みたい‥」
「それはどこ?‥」
「さむーい北国で、北極に近いところ‥」
「うーん、でも、やっぱり帽子かぶらない方がいい!」
お父さんとお母さんは、思わず顔を見合わせました。
ー16ー (帽子を被った真寿美ちゃんと医師)
もう冬です。
病院から見える山も真っ白になりました。
髪の毛は少しずつ伸び始めました。でも真寿美ちゃんの病気は、なかなか良くなりません。熱が出たり、下がったりの繰り返しです。
それでも元気で、毎日鶴を折っています。お母さんにも手伝って貰い、ようやく716羽の折り鶴ができました。
「お母さん、クリスマスまでに千羽つくれるね‥」
「そうね、頑張りましょう。だけど、あまり無理をしちゃ駄目よ」
「大丈夫!‥元気だもん‥。」
毎週水曜日、クラスのお友達が交代で遊びに来ます。真寿美ちゃんの勉強が遅れないように、一緒に勉強をするのです。今日は、友佳ちゃんと美佐ちゃんが当番です。三人は夕方迄、楽しそうにお話しをしていました。
お母さんは、真寿美ちゃんが眠ると、毎晩お祈りをしていました。
「どうぞ病気を治りますように‥、もう一度学校に行けますように‥。そして、鶴が千羽になるまで、げ‥げんき‥元気でいられます‥ように‥‥」
お母さん最後のことばは、泣き声に変わってしまいました。
ー17ー (母親の祈りの姿)
12月になりました。
真寿美ちゃんは、熱の高い日が続くようになりました。
熱がある日は、折り鶴はお休みで、お母さんが、本を読んであげることにしていました。
今日はシンデレラのお話しです。
真寿美ちゃんは氷嚢が気持ちいいのか、ぐっすり眠ってしまいました。
「お母さん、先生がお呼びです。」
「はい」‥‥お母さんは、真寿美ちゃんのほっぺに自分の頬を静かに当て、熱がないのを確かめてから、ベットを離れました。
診察室に入ると
「大分弱って来ましたね。注射も輸血も余り効果がなくなってきました。」
「‥助からないんでしょうか‥‥」
「残念ですが‥、難しいです‥‥」
「‥‥いつ頃まで‥」
「そうですね‥長くて1月の始めか‥‥、12月の末でしょうね‥」
お母さんは、目の前が真っ暗になりました。
ーきっと助かる、退院できるとおもっていたのにー‥。
涙が次から次と流れて止まらなくなりました。
ー18ー (医師の告知とお母さん)
クリスマスイブです。
お父さんも仕事を休んで、ツリーの飾り付けです。
真寿美ちゃんは、ベットの中でにこにこしながら見ています。
ようやく出来上がりました。
「お父さん‥ありがとう‥」
夜になりました。ライトがピカピカ・キラキラと輝き始めました。
「うワーッ、きれいっ」
お父さんとお母さんは、真寿美ちゃんを、そーっとベットの上に起こしました。
ラジカセから、クリスマスの歌が流れています。
クリスマスケーキを、真寿美ちゃんの前に置きました。
お母さんが小さく切って、お口の中に入れて上げました。
「もっと‥?」
「もうたくさん‥。折り紙ちょうだい‥」
「今日はやめて明日にしたら‥」
「だって‥まだ足りないもん‥」
お父さんとお母さんは、鶴を折る真寿美ちゃんの手を、じーっと見ていました。
真寿美ちゃんは、時々苦しそうに大きな息をしながら、それでも手を休めないで折っていました。窓の外には、細かい雪が降っています。
ー19ー (クリスマスイブ)
12月31日、大晦日です。
テレビは、新年を迎える放送が賑やかでした。
でも、真寿美ちゃんは、病気と必死になって戦っていました。
もう目も開きません。時々小さな声で
「つる‥つる‥」といいながら、布団の上を探していました。
「はい、つるですよ‥」
お母さんは泣きながら、真寿美ちゃんの手に鶴を握らせました。
安心したのか、探していた手が止まりました。
「真寿美、しっかり!‥、目を開けてごらん‥」
お父さんの声が聞こえたのか、唇が少し動きました。
真寿美ちゃんは、時々大きな息をしながら、眠っていました。
ー20ー (意識を失いながら鶴を探す真寿美ちゃん)
1月1日‥。新しい年になりました。
真寿美ちゃんは、お父さんとお母さんに見守られ、静かに眠りました。
折りかけの鶴を両手で持ち、胸の上に乗せたままでした。
お母さんは、だんだん冷たくなっていく真寿美ちゃんの顔に、自分の頬を押し付け、しっかりと抱いていました。
真寿美ちゃんは、痛い注射も、高い熱の苦しみもない天国へ向かって、ゆっくり、ゆっくり昇っていきます。
千羽に足りなかった976羽の鶴が、真寿美ちゃんの体を支える様に囲みながら、美しい天国へ消えて行きました‥‥‥。
ー21ー (天国への旅立ち)
終わり
今は亡き麗幸(享年3才)、真寿美(享年5才)に捧ぐ
猪狩真平
Copyright © 猪狩真平
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