2/18/2011

外国語以前に大切な物

小学校から英語の授業を取り入れたり、海外における日本人の英語力が問われ、英語教育の重要性が叫ばれているが、特にそれについて異論はなし。外国人とのコミュニケーションを図る手段としてはいいことだと思う。英語以外の言語でも勿論いいわけだし・・・。

もしも自分が他国の言語を思い通り使いこなせるとして考えてみた。

私は一体相手に何を求めるだろう?

当たり障りのない日常的な事を皮切りに話を進めると思うが、私なら最終的に相手の国の文化、歴史、政治、思想について聞いてみたいと思うだろう。
昔、学校ではこのように教わったが実際はどうなのか?あなたの国の精神文化はどうなのか?今の国の現状についてはどうなのか?それについてあなたはどう思うのか?
おそらく、外国人も日本人に対して最終的にはそれらを求めてくるのではないだろうか?

そうなった時に母国の歴史、文化、政治、経済、思想、精神文化についての見識、知識が乏しければ
「こいつは自分の国のことも全くわからない」という烙印を押されてしまうし、私自身も「この人は深い話をするだけの価値のない人」と判断してしまうだろう。間違っても相手のことを知性的な人間とは思わない。

言語とはあくまで手段であり、単なる道具にすぎない。道具をいくら揃えたとしても使いこなすだけの技量や相手が納得するだけの技量を持っていなければ、稚拙さを露呈するだけの話である。
つまりその技量とは、「日本人として母国語、歴史、文化、思想、精神文化を学び、知識として蓄え、自分の中で咀嚼し、それに対する自分の考えを持っていること」である。

外国語教育は否定せず、しかし最も大切なのは母国語および母国についての学びである。いずれ文科省が言い出すと思う、「もっと日本語および母国について見直しましょう」と。そしてまた学習指導要領が改定される。

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