12/03/2013

日本の課題は社会のシステム〜フィンランドの教育

教育システムの変革について色々調べていたのですが、興味深い記事があったのでご紹介したいと思います。

坂根シルクさんの記事
日本にフィンランド式教育は有効か?
http://clase.wasedabook.com/cn6/04.html

・・・転載開始・・・
日本の教育システムについて、どの点に問題があるとお考えですか。
問題は教育システムそのものよりも社会のシステムにあると思います。
学歴社会が続く限り、親は成績を重要視し、子どもたちは、よりレベルの高い学校や大学への進学を強いられています。その為に、小さなころから学習塾などに通う必要があり、子どもたちが人間として健康に元気に成長する為に必要な「遊ぶ時間」がとても少なくなります。
人よりも優れていなければいけない、親や先生からの期待、勉強だけでなくスポーツや音楽でも力を出しすぎ、心身ともに疲れています。
また、中学や高校の入試問題は公立校で勉強する内容では対応できない内容となっており、家庭の経済的事情などで学習塾に行くことのできない子どもたちは入試に必要な勉強をすることができません。
一方、塾に通う子どもたちは、何の為に学校に行く必要があるのだろうか、塾だけで十分なのでは、と考えてしまうようになりかねません。
実際に、私の娘が直面した問題ですが、授業のテンポが速すぎ、一授業における学習内容が詰め込みすぎで、ひとつのことをじっくり考えていくことが困難でした。娘はのんびりとした性格ではありましたが、納得してから先に進むタイプの子どもたちにとっては、あっという間に勉強について行けなくなり、最終的には学ぶ意欲を失うことになります。
フィンランドの教育が、「落ちこぼれを作らないが、優秀な生徒の才能は自主性に任せる」教育だとすれば、日本の教育は「優秀な生徒を優先し、落ちこぼれを作ってしまう」教育だと言えるのではないでしょうか。・・・転載ここまで・・・

やはり日本の教育の最大の問題はこの点だと思います。
子どもたちの学びを阻害しているのは社会そのものであり、学力格差社会。

まず「学び=生きること」、これが原点ではないでしょうか?
まず教育とは何のためにあるのか、この点を考えて様々な方策を打たない限り、今の日本の教育を変えることはできないだろうと思います。

12/02/2013

家庭教育をどうするか?

 現在の学校教育が崩壊した要因の一つに「家庭教育の崩壊」が間違いなくある。
この家庭教育や家庭でのしつけを取り戻さなければ、現在の諸問題が解決されることはないだろう。
ただし、これだけ価値観が多様化(換言すればわがままな大人が多い)した中で、家庭教育の骨子を再構築しようと唱えること自体無謀と言われるかもしれないが、そもそも日本には家庭のしつけや生き方の手本となるべき教えが存在していた。

それが「実語教」や「童子教」と言われるものであった。

Wikipediaによると実語教とは
「実語教(じつごきょう)は、平安時代末期から明治初期にかけて普及していた庶民のための教訓を中心とした初等教科書である。」

同じく「童子教」とは
「童子教(どうじきょう)は、鎌倉時代から明治の中頃まで使われた日本の初等教育用の教訓書。成立は鎌倉中期以前とされるが[1]、現存する最古のものは1377年の書写である[2]。著者は不明であるが、平安前期の天台宗の僧侶安然(あんねん)の作とする説がある[3]。7歳から15歳向けに書かれたもので[4]、子供が身に付けるべき基本的な素養や、仏教的、儒教的な教えが盛り込まれている。江戸時代には寺子屋の教科書としてよく使われた[1]。女子向けの「女童子教」など、「○○童子教」といったさまざまな対象に向けた類書も書かれた。」

 これで初等のしつけの基本はカバーできるが、問題は就学以前、特に0〜3歳の家庭教育をどうするか?
啓蒙していくことは大切だが、これはおそらくすぐに浸透させることはまず不可能だろう。
 実質、実語教や童子教の教えを学んだ子どもたちが将来大人になって父母となり、そこから初めて徐々に浸透させていくしか方法はなかろうと思う。
そのために要する時間は最低でも30〜50年をみなければならないと思うが、もしかしたら荒れた学校を立て直すように、荒れていた期間の倍の時間を要してしまうと考えると、戦後から今までの期間の倍で約130年という気の遠くなるような時間が必要かもしれない。

 教育行政を含めて国が一丸となって取り組むことができれば、130年という膨大な時間をかけなくても20年ほどである程度結果が出てくるのではないだろうか?

 今の日本は心が喪失している。
しかしどこかにまだ日本人の心というものが微かに脈打っている。
取り戻すなら今しかない。

子どもと声に出して読みたい「実語教」
子どもと声に出して読みたい「童子教」

こちらのサイトさんも参考になりますよ!
http://happylifestyle.com/7170

自著「三つ子の魂」
http://macmusiclife.blog.fc2.com/blog-entry-49.html

休暇・休職措置は本当に適切か?

ひどい記事が載っていた。

免停中の中学教諭、オートバイを酒気帯び運転 : 教育 : YOMIURI ONLINE(読売新聞) http://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/news/20131202-OYT8T00895.htm?from=tw

”スピード違反、一時停止違反等で60日間の免許停止中の酒気帯び運転。
本人はアルコール依存症と診断されて、休職と病気休暇を繰り返しており、現在も休職中だった。”そうである。

 気になるのは”休職と病気休暇”を繰り返していたこと。
この間の所得は一体どうなるのか?

勿論、全額ではないにせよ、給料を貰えます。ただし民間と違い支給される年数が2年間(あるいはそれ以上)となっているようです。
金額にして通常通り勤務していた時の給料の6〜8割ぐらい。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1496009739

アルコール依存症で休職、病気休暇を繰り返してお給料をいただき、免停中に酒気帯び運転で逮捕となったというわけです。

 この先生、懲戒免職は間違いないと思いますが、それにしても「教員が優遇されすぎじゃないか?」と言われても当然ですね。

精神疾患が増えている中、判断が難しい事例も間違いなくありますが、傷病の程度により給与支給期間を決めなければならないかもしれません。
病気を本気で治す気もないのに、それを理由に仕事を休めてしかもお給料をいただけるのが教員。こんな風に思われたら本当にひどい症状の教師たちが休職できず、命を落としかねないですね!

調査書ってなぁに?

 点を取るためだけの高校入試、もうそこからある程度脱却すべきと考えつつも現実的な話。そろそろ願書とか推薦の話が聞こえてくるようになりました。そこで今日は調査書について。

 調査書、高校や大学の入試の際に、お子さんが所属している学校が記録を書いて提出する書類なのですが、大凡下記のような内容だと思います。

http://www.koukou.fks.ed.jp/shidou/nyusi/25nyusi/25tyui.pdf

記載事項は多岐にわたりますが、「生徒の長所を記載する」書類です。

つまり、短所や本人の不利益になるようなことは書かないし、書けないし、書く必要もないのです。

 昔は(今もかもしれませんが)「調査書のせいで不合格になった」と騒ぐ保護者がいましたが、まずこの程度の書類だけで高校が合否判定を下すことは考えられません。
もしこの書類の中で最も気にするとすれば、出席・欠席の欄の可能性大。やはり高校入学後もちゃんと学校に来てくれるかどうか、それは高校の先生方が最も気にする所だと思います。その他、市内で悪行三昧をはたらき、高校まで名が知れ渡った場合は、名前を見ただけで「不合格」ということも昔はあったようです。

 しかし高校によっては調査書など見もしないところもあるほどです(特に進学校と言われる高校など)。調査書を重視するのは生徒指導面を重視している学校がほとんどではないでしょうか?

 現在は県によって呼称が違うと思いますが、私が居住する県では1期選抜、2期選抜というのがあって、1期選抜は「推薦入試」。学力あるいは部活動面が特に優れている生徒を優先します。つまり1期選抜は調査書の記載内容をかなり重視することになります。2期選抜は一般入試なので入学試験の点数と調査書の 内容を高校独自の比率で点数化して合否を決めているような話です。

 ということで、調査書というものはほとんど気にせず、日がろから学業や部活動に熱心であればいいのではないでしょうか?
本人の不利益になるようなことは絶対書きませんから、気にしなくても大丈夫です!

12/01/2013

学校の質は教員の質

 施設が立派な学校(幼稚園)があり、新しいこともあって入園希望者も多かったのですが、ある時園児同士がケンカをして片方のお子さんが軽い怪我をしてしまったそうです。

ここまでなら子ども同士のケンカで目くじらを立てるほどのことはないと思うのですが、この後の学校の対応が問題。
保育時間内に起きた出来事にもかかわらず、「親同士の問題だから園には関係ない」 というような発言が園関係者(おそらく園長)から出てしまい、一部の保護者からは「管理下の事故なのに関係ないとはどういうこと?」と対応に疑問の声が上がったそうです。
当たり前ですよね?
「後は親同士で・・・」は保護者が発すべき言葉ですから。

本来なら
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・事情を調べて子どもたちに説諭する
・保護者に事故の経緯、学校の対応(指導の経過等)、子どもたちのその後の様子について電話連絡または家庭訪問で説明する
・子どもたちのケンカなので両成敗が多いのだが、場合によっては一方的なこともあるので保護者の心情を配慮しながら適切に対応することが必要
・子ども同士のケンカであれ、相手に怪我をさせたことを重く考える保護者も多いはず。その際、保護者から「謝罪に行きたい」旨の話があれば、相手方の保護者の了承を得て連絡先を教える等の措置を講じる。
(ここまでくればあとは保護者同士にお任せして差し支えない)
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 このような幼稚園の場合、お子さんたちがかなり大きな怪我をした場合も「親同士の問題だから園には関係ない」と最初から責任逃れをしてしまうのではないでしょうか?

最終的に保護者にお任せすることになったとしても、それは保護者の判断でそうなります。学校管理下で起きた事故は学校の責任があるわけですから、まずそれを果たさなければなりません。

 管理下の事故にもかかわらず「保護者の問題だから学校には関係ない」という無責任な学校経営では、安心して自分のこともを預けることができませんし、若い先生方は絶対に育ちません。先生方はいずれ保護者との板挟みとなってつぶれてしまうかもしれません。
他人のお子さんを責任をもって預かる、これができないなら教育の現場を悪用した金儲けをしているに過ぎないと思います。

 学校の質は教師の質、またその教師たちを育て管理する校長、園長の経営者の質です。