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2/19/2014

道徳に係る教育課程の改善等について(諮問)の考察

2/17に文科省が発表した文書について考えてみる。

道徳に係る教育課程の改善等について(諮問)
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/1344356.htm

引用1
我が国の道徳教育を全体として捉えると,歴史的な経緯に影響され,いまだに道徳教育そのものを忌避しがちな風潮があること

 歴史的な経緯とは一体何のことでしょうか?もしかしたら戦争や戦後処理についてなのでしょうか?
そのせいで道徳教育が忌避しがちな風潮などありますか?
そんな風潮は全く感じたことはありません。
歴史的な経緯と道徳という生き方に関わること、心のことは別問題だと思います。

引用2
グローバル化や情報通信技術の進展,少子高齢化の進行など,今後の変化の激しい社会において,道徳教育に期待される役割は極めて大きく,道徳教育は人間教育の普遍的で中核的な構成要素であると同時に,その充実は,我が国の教育の現状を改善し,今後の時代を生き抜く力を一人一人に育成する上での緊急課題であること

 随分長々とそれらしいことを書いていますが、前段の下りなどどうでもいいこと。
我が国の教育の現場を改善するなら、今の教育システムを全廃して新たな視点でシステムを再構築する方が効果的である。今後の時代を生き抜く力とは、国やメディアに騙されず、本質を見抜く力のことではないのか?

引用3
道徳教育が学校教育活動全体の真の中核としての役割を果たすこととなるよう

 道徳は学校の教育活動の一つ、すべての今日に深く関わっていますが、中核ではないでしょう。「道徳」の2文字でなんとかなる程教育とは甘いモノではありませんよ。それこそ生まれて10年15年、あるいはそれ以上の時間を要して初めて形成されてくるものでしょう。

引用4
数値による評価を行うことは不適切であるが,児童生徒の成長の振り返りや指導計画・指導方法の改善のため,道徳教育の特性を踏まえた多様な評価方法を検討すること

 そもそも人の心の評価は可能でしょうか?評価する必要があるのでしょうか?
何も話さず、何も書かず、でも深く心に刻む子もいますよ。それをどうやって評価するの?

引用5
どの学校でも一定水準の授業が実施されるよう,主たる教材を安定的・継続的に提供するとともに,民間発行者の切磋琢磨によって質の向上を図るなどの観点から,「特別の教科 道徳」(仮称)に検定教科書を導入すること

 これが最も問題視される点でしょう。
一定水準?主たる教材を安定的・継続的に提供する?検定教科書?
つまり国が認めた教材をを使用して、国が求めるような道徳心を持つ人間を育成するという解釈でOK?
それって思想教育、挙句、思想統制になりはしないのか?
人の心は何人にも束縛されない、いやされてはいけない。
道徳教材など日々の出来事や町中を歩くだけどいくらでも得ることができる。だから検定教科書などいらない。
現場に責任を持たせないから管理的教育が横行し、悪循環を断ち切れないのではなだろうか?

引用6
学校,家庭,地域の連携の強化を図ること

 何十年前から同じ言葉を使いまわしているんだ?
形骸化した施策、つまり何の効果も得られていない。いつまで経っても何も変わらない。同じ言葉を使っているのはそれを証明しているようなものだ。


 対症療法を何度繰り返しても効果などないよ。それはすべてここ数十年で立証済み。
システムを一気に変えなければダメ。

2/02/2014

道徳の教科化について思うこと

別ブログに書いた記事ですが・・・
Ameba Blog 学校問題悩み相談室のブログ http://ameblo.jp/gakkou-seitoshidou


道徳の教科化は無理、無駄、無意味、危険!!
以上(`・ω・´)ゞ


これで終わったら怒られますよね^^;

道徳の教科化について、まず下記の4つの記事があれば十分でしょう。

道徳の教科化 「愛国心」の押しつけだ(1月19日)(北海道新聞) http://www.hokkaido-np.co.jp/news/editorial/516135.html

NHK解説委員室
http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/100/174520.html

【金曜討論】「道徳の教科化」 貝塚茂樹氏「賛成が84%。危機感の反映」、藤田英典氏「現状でうまくいっている」 - MSN産経ニュース http://sankei.jp.msn.com/politics/news/131206/plc13120610000010-n1.htm

なぜ道徳が「特別の教科」に? ‐渡辺敦司‐【Benesse(ベネッセ)教育情報サイト】 http://benesse.jp/blog/20131113/p2.html @benesse_kyouikuさんから

元現場の教員として素朴な疑問

◯ 道徳を教科化するということは、評価や評定をつけるということになりますがどうやって実施するの?

例えば数学なら答えは1つになりますよね?
しかし道徳の場合、答えは出ますか?法規に絡む問題ならその法規に沿った考えは導き出せますが、倫理観や心という内面に関することをどうやって評価するのでしょうか?

無理でしょう!
正答例を明示してそれに合わせて何らかの評価を下すのですか?
無理です、絶対に無理!そんな時間があるのなら子どもたちと触れ合う時間を増やした方がずっと効果的だと思いますよ。

◯ 教科にするということは教科書が必要、しかも教科書の検定もある。つまりこれは思想上非常に危険極まりないものになる可能性があるということ!

ごく一部の人間が編集し、検定したものを採用することになりますが、その考え方は危ないです。いくらでも思想統制が可能になりますよ。
現場の教師でさえ訳の分からない人間がいるのが現状、まして教科書化したら子どもたちが混乱してしまう。
人間の思想にある程度の基準はあったとしても、正解はない。

◯ そもそも道徳とは人としてどのように生きるべきかが基本となっている。しかもその基本的な姿勢や判断を形成するのは家庭である

おそらく教科化のきっかけはいじめ自殺問題。
幼児期の家庭教育のあり方に問題があるであろうし、根本的な解決には全く至っていない。道徳の教科化によってそれらの根本的な問題は解決されないだろう。
国として策を講じるならば、家庭教育をいかに改善するかが主眼となり、そして各家庭を支える地域の教育力、共生力の向上にテコ入れすべきだろう。
基本的生活共同体である各家庭に手を差し伸べて改善しない限り、人の心を育てることなどできない。

◯ 今の道徳の質をいかに向上させるか、そして各教科や活動において心の教育をいかに浸透させるか、それが肝要ではないだろうか?

道徳の授業において、子どもたちは正解を導き出すことができる。つまり求められている答えを導き出してしまうということ。それは現在の道徳自体が心に響くものになっていないということではないだろうか。
本来道徳的なことは各教科の中で実践されるべきであるし、部活動でも実践できる。担任であれば、短学活の中で一言問題提起をするだけで子どもたちは真剣に考え、そして自分の考えを述べることができる。
あるいは校外活動を通して学ぶ方法もあるし、生徒たちにとっての効果は絶大なものがあるだろう。

◯ これから求められることは国がすべてを管理することではなく、弾力的な運用によって現場に責任を持たせること。

今の国は何から何まで管理する方向で教育の質をあげようとしている。たしかに一部にやりたい放題の教師たちが存在し、子どもたちが安心して学べる場所になっていないこともあるが、それらについては中長期的な教員養成システムの改革と短期的な雇用改革によって対応できる。
すべてを管理する弊害、それは自分たちで判断し責任を持てない現場を作ってしまうことである。現に教諭は校長に、校長は教育委員会に、各市町村教育委員会は都道府県教育委員会に、都道府県教育委員会は文科省に指示を仰ぎ、すべてが指示待ち人間と化しているではないか。
現場に責任を持たせることが教育を見直す上で今の日本に最も足りないことであり、今後最も必要とされることであろう。

んなもんか?(^^)
ではまた!


1/30/2014

教育改革メモ〜教師

別ブログに書いた記事を転載します!

 教育改革についてのメモ
フィンランド方式は魅力がある

☆大学教育学部
・門戸を狭くし、難易度を上げる
・大学入学時より付属(あるいは提携)の小中学校、高校で授業実習を行う
・コースは義務教育科と高校教育科に分けるか、小学校課程、中学校課程、高校課程をそれぞれ設置するか、小学校課程と中高課程に分けるか
・実習の過程で教師に向かない学生を転部させる
・修士課程の取得が教員免許取得の条件

ここまでできれば相当質の高い教員が育成されるだろう。今までとは比較にならないレベルだと思う。

☆教員採用試験
・国家試験とする ※現在の都道府県ごとの試験および採用は廃止
・合格者は日本全国のいずれかの都道府県に配置される
・赴任地については本人の希望も考慮するが、原則、教員が不足する都道府県に配置
・教員採用試験不合格者は、採用試験合格まで講師として国に登録される。臨時教員として常勤講師採用または期間講師として採用できる。赴任地は各都道府県の希望に応じて配置

☆教員
・国家公務員とする

ちょっと無理があるか?
国家公務員となるので給与も当然今までより高くなる。

本当に質の高いプロ教師が日本全国に配置できるだろう。入れ替えまでに時間を要するのが難点。

赴任地については、今だと「大阪は勘弁して」とか出てきそうな気がする(^_^;)
年老いた両親の面倒をみたいという希望も出るだろうが、全国規模の人事異動となるのでその点は大変だろうな (´ヘ`;)ウーム…

大学のカリキュラムもガラッと変えなければならない

やはり国の一大イベント

とりあえずメモなので・・・



フィンランドの教育改革

別ブログに掲載したものを転載します。
この改革、見習うべき点ばかりであり、実践も容易だと思います。

フィンランドの教育~教育の機会均等

☆要点書き起こし
・ヘイノネン氏(元教育大臣)
教育で大切なのは機会の均等、その基盤があって世界の頂点に立てる高い水準の人材育成ができる。
教育はいわば「投資」である。
フィンランドは一部の人間だけ良い教育をすればいいとは考えていない。国民全員の教育レベルの向上が必要。教育こそが組織、企業、国全体の競争力を上げる方法。
人口520万人の国、ひとりとりの学力を上げなければならない。
人という資本に投資が必要だった。

・教育現場に大きな裁量権を持たせる。
・内容や教え方を教師に任せた。

・指導要領はあるが項目が大幅に減った。
・教科書の検定もない。

・学校ごとに独自のカリキュラムを作成

・大幅な権限の移譲
・地方自治体と学校の裁量でほとんどのことが決めることができるようになった

教師の責任が大きくなった
教師が意欲的になった

《校長》
学校に指図する権威は存在しない
自分たちでカリキュラムを作ることができ、人事権もあり適材適所に教員を配置することができる
フィンランドの教育の強みは教育現場が大きな自治権を持っていること

・ヘイノネン氏(元教育大臣)
教育の基礎ができており、中央政府がこれ以上コントロールする必要はないと感じた
教育関係者が持つ能力をもっと取り入れたいと思った
彼らこそが現場を知り抜いている専門家、プロ
システムに柔軟性をもたせる(地域により状況が大きく異なるから)
管理は現場の長所を活かせなくなる
教師や教育関係者の指導レベルを上げるため国の要求を削減し、核となる部分だけに限定した
教育には自由が欠かせない
それぞれの現場に任せるべき、阻害してはならない
意欲、モチベーションが最も重要、厳しい管理はモチベーションを下げる
教室で起こることに責任があるのは教師

《教育学部》
教師の社会的地位が高い
志願者の10%しか入学できない
教師になるには最低5年学び、修士号を習得

入学後、1年生時から教育実習を行う
教師に向いていなければ転部を勧められることもある
社会的ネットワークを築く能力が求められる
すべての教師は年1回の研修に参加
クラブは別の専門家が担当
授業に専念する
懇談会が頻繁にあり、率直な意見交換が行われる

各学校の自己評価が法律で定められている
自己評価の結果は保護者の求めに応じて公開される
教師は自由な代わりに保護者や子どもたちに対して大きな責任を負っている

・ヘイノネン氏(元教育大臣)
教育制度というものは急転換して無理やり法案を通すようなことはできない
関係者を巻き込む必要がある、彼ら自身が動き始めなければならない
教育改革とは例えるなら船
教師と連携なしに改革できない
全国各地で教育政策を議論することが大事、共通認識が大切

国内のどんな地域に住んでいても全く変わらない教育を平等に受けることができる
国内のすべての学校にコンピュータを配置
使うことを学ぶために設置したのではなく教科での活用、情報を読み解く力をつけるため

現代は未来がどうなるかわからない世界
自分で自分を導かなければならない
自ら学ぶ力が大切
他者と協力、他国とコミュニケーションを取る力が必要
学校で学ぶあらゆる事柄コンピュータを活用できるように政策を推し進めた
情報を読み解く力=リテラシー すべての基本が読解力

図書館の存在
ヘルシンキは56万人、図書館が38ある、日本の4倍
国民の77%が1時間以上/日 読書
図書館利用率も世界一
学校と図書館の連携

なぜ本が好きなのか、読むのか?
自分自身を教育することで人生をより豊かにすることができると思っている
至る所に図書館があり気軽に利用、習慣になっており、伝統でもある
新聞文化が教育と密接に結びついている

給食無料、大学まで授業料無料、筆記用具も無料

すべての子どもに平等な教育と食事が約束されている

移住してきた子どもたちには補助学習指導員がつく
病欠、ついていけなくなった子には補習授業が行われる

他人と比べるのではなく一人一人のペースで学べるようなシステム

教育の機会の平等がなければ教育の質の向上は不可能だと考えている
教育の機会の平等はすべての前提
どこにすんでいような同じ機会が与えられる
人はそれぞれ違う、様々なアプローチの仕方を考慮すべき
だれでもついていけるようにシステムに柔軟性が必要
子どもを育てるには村が必要、社会全体で教育制度を支えている

人々が互いが思いやる社会をどうやって築くか
人はそれぞれ違う事を理解、自分と異なる人を受け入れ、コミュニケーションをとる。それが自分の強みなると気づくべき
他人を理解するには自分を知らなければならない。自分に価値があるということを知らなければならない。
どうやって自分を知り他者の価値を知り、自己中心的な人間にならないようにするか、これが福祉国家のベースになる

フィンランドの教育の次の目標
・教育制度や教育政策というものは決して完成することはない
・それぞれの時代社会情勢、文化に応じて決断を下さなければならない
・変化のスピードがあまりにも早すぎて多くの人が精神的にまいっている
・変化と選択肢の多さが問題
・次世代の大人になる力が弱まっている
・自分たちの大切で貴重な価値観を次世代に承継
・しっかりと自分たちの時代を築くこと、次世代にチャンスを与えること
・洞察力が失われつつある
・これからはあえてペースを落としより深く考える必要がある
・頭で考え心で感じたことを信じること
・子どもたちの創造性を引き出しモチベーションを高め内なる洞察力を彼らが手にすることができれば、私たちには幸せな未来が待っている

私たちは学校のためではなく人生のために学ぶ



12/20/2013

民間人校長二人採用〜宮城


河北新報 東北のニュース/宮城県教委 民間人校長2人採用 着任は4月 http://www.kahoku.co.jp/news/2013/12/20131219t11028.htm @kahoku_shimpoさんから

 宮城県でも2名の民間人(電力会社と銀行)の校長採用が決まったようですが、大阪でも失敗しているだけに頑張って欲しいものです。

 以上!

 これで終わりじゃつまらないので

 以前大阪の民間校長の件でも書いたのですが、学校という現場において民間企業の感覚で校長という職務に就くのは困難を極めるだろうと思います。新しい感覚を取り入れて特色ある学校作りをしたい、してほしいという願いは十分わかるのですが、最悪の場合校長が自死を選択するケースもあったほど追い詰められる現場でもあります。

 教育現場においての難しさは
  1. 教職員が非協力的・批判的になり、校長と意見対立することが多い。民間出身の校長であれば尚更風当たりが強いかもしれない。
  2. 語弊はあると思うが、民間企業というのは営利目的で利益が最優先される組織であり、それが社員の給与に直結するため組織としてまとまりやすい傾向はあると思うが、公立学校という現場ではその意識は全く通用しない。いじめがあろうが生徒が自殺しようが教職員の給与に影響することは滅多にない現場である。
  3. 学校の主役は子どもたちであり、その子どもたちの実態把握なくして学校経営はあり得ない。利益のための経営と人を育てるための経営、これが企業との決定的な違いであり、50歳を過ぎた校長が子どもたちの中にどれだけ入っていけるか、それで校長の質が決まるだろう。
  4. 保護者の理解と協力が得られるかどうか。保護者は民間出身の校長に期待しつつも怪訝する雰囲気もある。子どもに関してのクレームは民間企業のクレームの比ではないし、校長自身がクレームの窓口対応者となる。
 企業経営のつもりで単にシステムを構築するだけであれば、おそらくそう時間はかからずに進むだろう。つまり、校長が上司として職務権限を最大に使い「職務上の命令」を行使すればいいだけの話である。
でもそれをやったら職員会議が紛糾する、企業では考えられえないほどの怒号が飛び交う、単なる理想論者である校長の命令など簡単に無視することができる。

 教師との関係もだが、保護者とのトラブルをいかに回避できるか、それは腕の見せどころになるだろう。企業なら「代替品で」「弊社の商品券で」、あるいは非を認めてひたすら謝罪して乗り切ることもできようが、学校という現場はそれができない。下手に保護者に迎合してしまったら学校の生徒指導が崩壊することすらあり得る。

 あとは子どもたちとの関係をいかに築き、特色ある学校づくるを子どもたちといかに進めるか。実態把握ができないことには特色も何もないし、単なる理想論なら誰で打ち上げることができるわけだし。

 民間採用校長の人気は6〜9年ほどだが、今の学校制度に風穴をあけて特色ある学校作りを目指し、生徒たちが「卒業したくない」と思うような学校を目指してほしいものです。

また辛口になってしまいましたね(^^ゞ



12/03/2013

日本の課題は社会のシステム〜フィンランドの教育

教育システムの変革について色々調べていたのですが、興味深い記事があったのでご紹介したいと思います。

坂根シルクさんの記事
日本にフィンランド式教育は有効か?
http://clase.wasedabook.com/cn6/04.html

・・・転載開始・・・
日本の教育システムについて、どの点に問題があるとお考えですか。
問題は教育システムそのものよりも社会のシステムにあると思います。
学歴社会が続く限り、親は成績を重要視し、子どもたちは、よりレベルの高い学校や大学への進学を強いられています。その為に、小さなころから学習塾などに通う必要があり、子どもたちが人間として健康に元気に成長する為に必要な「遊ぶ時間」がとても少なくなります。
人よりも優れていなければいけない、親や先生からの期待、勉強だけでなくスポーツや音楽でも力を出しすぎ、心身ともに疲れています。
また、中学や高校の入試問題は公立校で勉強する内容では対応できない内容となっており、家庭の経済的事情などで学習塾に行くことのできない子どもたちは入試に必要な勉強をすることができません。
一方、塾に通う子どもたちは、何の為に学校に行く必要があるのだろうか、塾だけで十分なのでは、と考えてしまうようになりかねません。
実際に、私の娘が直面した問題ですが、授業のテンポが速すぎ、一授業における学習内容が詰め込みすぎで、ひとつのことをじっくり考えていくことが困難でした。娘はのんびりとした性格ではありましたが、納得してから先に進むタイプの子どもたちにとっては、あっという間に勉強について行けなくなり、最終的には学ぶ意欲を失うことになります。
フィンランドの教育が、「落ちこぼれを作らないが、優秀な生徒の才能は自主性に任せる」教育だとすれば、日本の教育は「優秀な生徒を優先し、落ちこぼれを作ってしまう」教育だと言えるのではないでしょうか。・・・転載ここまで・・・

やはり日本の教育の最大の問題はこの点だと思います。
子どもたちの学びを阻害しているのは社会そのものであり、学力格差社会。

まず「学び=生きること」、これが原点ではないでしょうか?
まず教育とは何のためにあるのか、この点を考えて様々な方策を打たない限り、今の日本の教育を変えることはできないだろうと思います。

11/29/2013

大人たちがバカ過ぎるこの国

 今のいい年をしたおっさんたちは何を考えているのでしょうか?

学校別成績、都道府県教委も公表可能 競争激化の懸念も(朝日新聞デジタル) - Y!ニュース http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20131129-00000029-asahi-soci

 昔、学校が荒廃し、偏差値教育が問題だと言って「ゆとり教育」を実施、そして「ゆとり教育」により学力が低下したため「学校別成績を公表」し、点取り競争。概ねこのような流れということでよろしいでしょうか?

 これは、井の中の蛙が大海があることをわかっていながら無視して、どんぐりの背比べに明け暮れてセコい優越感に浸ることじゃないの?

あれほど子供たちのいじめとか自殺で大騒ぎしたはずなのに、そんなことよりも都道府県別学力選手権大会の方が大切?
道徳なんか何十年もやってきたのに、それを教科にすればもう心の教育は大丈夫なの?

 今の日本の教育に足りないものは一体何?
ものの豊かさを得た代わりに失ってしまったものは何?
学力が上がれば、行政がいじめ対策の法を整備すれば失われたものは取り戻せるのか?

大人たちのバカさ加減に言葉を失い、行く末を案じざるを得ない。
後世に残すべき「人」というかけがえのない宝を磨かなかったら、本当にこの国は終わってしまうのではないか?

7/10/2013

教員の採用について思うこと

 以前も別な記事で書いた記憶があるのですが、大学卒業後すぐに新採用教員となるのは反対です。
 若い人材は当然採用しなければならないのですが、新大卒でいきなり学級担任、部活動生顧問となると若い人たちの負担も大きいし、新採用教員の補充もしなければならなかったので現場の負担も大きかった。

そこで提案、教員採用試験を受験するための条件

公立学校教員を志望する者は、最低3年間の常勤講師経験を必要とする

  • 常勤講師として教科授業および校務分掌等の実務を学ぶ
  • 講師の力量と現場の裁量により、学級担任および部活動顧問を担当させることができる
  • 勤務評価が高い講師は、現場からの推薦による採用も考慮する。その場合教員採用試験における一般教養および教職教養試験を免除、面接試験のみとし、優先的に採用する
てな具合ですがいかがでしょう?

 学校現場が欲しいのは即戦力、講師経験(複数の学校だとさらにいい)によってその力が養われます。
それに、本当に自分がこの職に適しているのか、こういう学校現場で本当にやっていけるのか、について本人が3年間考えることもできますし、学校現場の実態だって知ることができます。

 若い人を講師として受け入れた時、学校の負担はやはり大きいものがありますが、それは致し方無いでしょう。必要最低限の負担です。

 現在講師で活躍されている方も多いのですが、彼らは採用試験に落ちてしまうことが多いのです。それは教師として不適格な人間だからということではなく、いざ現場の実務を普通にこなしていると試験勉強などほぼできない。その結果、時間的に余裕がある大学生が合格してしまうのです。現場からすると「もったいない」の一言。
大学生でも優秀な人材がいることはわかりますが、大学で学んだことなど現場では役に立たないことがほとんどです。役に立つのは教科指導に関すること(教育実習通りになど行きません。あるクラスで上手くいった授業でもクラスが違えばやり方を変えねばなりません)と今までの自分の生きざまだけ。
 せっかく夢と希望を持って教職の道を選び、教員採用試験に合格したのに、現実に打ちひしがれ、叩きのめされて結果的に死を選択した教師もいます。

 若い命を守るためにも考える時間は必要なのです。

7/08/2013

教育委員会とは?

 某中学校のいじめの件で教育委員会の指導力とその存在意義が問われましたが、今日は教育委員会についてです。

教育委員会、学校教育がその仕事と思いがちですが、実は仕事は多岐にわたります。

例えば生涯学習や文化、体育スポーツに関わるものがあったりと様々な部署があります。その中の学校教育課というのが学校の専門部署になります。

リンク:全国都道府県教育委員会連合会

紙上を賑わせたのはこの学校教育担当部署、教育委員会から校長教頭に昇任したり、現場との中継点となったりするためおそらく人間関係も独特のパイプがあるのでしょう。だから隠蔽工作に走った可能性もあります。

しかし、この部署がなくなるとどうなるのか?

リンク:Nikkei BPnet 「教育委員会とは」

教育委員会は行政区内の環境整備とか様々な調整とか実務全般を行いますが、それ以外にも国や県からの膨大な文書処理も行なっています。
つまり、この機関がなくなると連絡系統が県と直接学校が行うようになり、相当混乱してしまうと思います。

ということで教育委員会は事務処理という観点からはなくすわけにはいかない。

 実は最大の問題は学校教育専門部署である「学校教育課」なのです。
ここが本来の指導力を発揮して教育の質の向上に努めればいいのですが、例のいじめの問題のようにともに隠蔽と言われても仕方がない工作に走るわけです。

これには頷ける理由があります。
なぜなら学校教育課の指導主事はほぼ学校の先生です。そしてここを経由してまた現場に戻り昇任したりするわけです。さらに教育委員会は学校の上位組織ですし、良くも悪くも現場に圧力をかけることができます。
教員同士の人間関係が優先されれば、当然隠蔽と言われても仕方がない行為が横行しやすい環境であると言えます。

 教育委員会は、現場の教員が教育行政について学べる機関であるとは思うのですが、もっと独立性のある指導組織であって欲しいと思います。もちろん、教育事務、行政事務も必要ですが、指導部と事務部を明確に分担し、学校教育目標の具現化のためにさらに専門的部署としての質を高めてほしい。
 そして原発事故の経験から、国や県の指示がなくても行政単位で子供たちを守れる組織であってほしい。
 未来の宝を守るための切なる願いでもあります。

6/28/2013

視点を変えて〜オランダの教育

すでにご覧になった方も多いかもしれませんが、まずは動画をご覧ください。



チャイムなし、時間割なし(自分で時間割を組む)学校は数は少ないですが日本にもあります。

でも学区なし、教育方針も各学校に一任、授業料は全て無料、これはすごいですね。
子どもたちが最も喜びそうなのが、テストなし、宿題なし。
そしてクラスは同年齢のこどもたちの集団ではなく、日本でいう複式。

学びの基本は学校、授業がすべて。

今の日本の現状からは考えられない教育システムです。

日本は学力がすべてであり、最終的に受験のための教育システム。
だからさらに高い学力を求めて塾に通う。
でもその学力はいい大学に入り、少しでも就職を有利にするためのもの。
日本の教育は競争に勝つための手段。

では、日本ではそのエリートと称される優秀な人々が成熟した人間であり、その能力の高さを生かして社会的責任を十分果たしているのだろうか?と考えると、懐疑的にならざるをえない。
特に震災後はエリート企業や官僚、政治家の人間性の欠如があらわとなり、日本という国はこの程度の国だったのかと失望するばかりである。

やはり時間をかけて日本の教育システム、教育機関のあり方について、根本的に見直さなければならない事も多いと思う。ただしそれは単なる外国の模倣ではなく、日本の伝統的な文化や精神を礎としたものであるべき。

オランダの学校の動画で気になるのは影の部分。
上の動画が世界最先端の光の当たる部分だとすれば、必ず影の部分もあるはず。
その影の部分にどのように対応しているか、その辺が興味深い所。
一部の素晴らしい学校を取材して放送するなら、日本にも世界に誇れる学校はありますから・・・。教育と福祉に関しては、やはりトータルで評価しないとダメだと思うのです。

6/29/2011

教育委員会の存在価値とは何?

 今回の原発問題で福島県教育委員会といわき市教育委員会は子供たちを守るために何できなかったし、率先して守ろうともしなかった。おそらく他の市町村の教育委員会も同様だろう。

教育委員会は教員に何かあれば処分を下す。上からの命令があれば強圧的に書面にて通達を出したり、教職員を召喚したりする。

しかし、自分たちでは何も判断できず、行動することもできない無能集団だと言われても文句は言えまい。言い訳に御託を並べるかもしれないが、親たちにその意志を伝えず、行動を起こせなかったら何もしていないのと同じだ。

管理職になるためには必ず教育委員会の指導主事を経験する。
無能な教育委員会を経て現場に戻り、教頭、校長として現場を管理するのであるから、各学校の校長の対応のほとんどが子供たちを守ろうとしなかったことは理解できるのではないだろうか?

教育委員会とは縦割り行政に都合のいい、単なるイエスマン育成機関に過ぎない。

2/18/2011

外国語以前に大切な物

小学校から英語の授業を取り入れたり、海外における日本人の英語力が問われ、英語教育の重要性が叫ばれているが、特にそれについて異論はなし。外国人とのコミュニケーションを図る手段としてはいいことだと思う。英語以外の言語でも勿論いいわけだし・・・。

もしも自分が他国の言語を思い通り使いこなせるとして考えてみた。

私は一体相手に何を求めるだろう?

当たり障りのない日常的な事を皮切りに話を進めると思うが、私なら最終的に相手の国の文化、歴史、政治、思想について聞いてみたいと思うだろう。
昔、学校ではこのように教わったが実際はどうなのか?あなたの国の精神文化はどうなのか?今の国の現状についてはどうなのか?それについてあなたはどう思うのか?
おそらく、外国人も日本人に対して最終的にはそれらを求めてくるのではないだろうか?

そうなった時に母国の歴史、文化、政治、経済、思想、精神文化についての見識、知識が乏しければ
「こいつは自分の国のことも全くわからない」という烙印を押されてしまうし、私自身も「この人は深い話をするだけの価値のない人」と判断してしまうだろう。間違っても相手のことを知性的な人間とは思わない。

言語とはあくまで手段であり、単なる道具にすぎない。道具をいくら揃えたとしても使いこなすだけの技量や相手が納得するだけの技量を持っていなければ、稚拙さを露呈するだけの話である。
つまりその技量とは、「日本人として母国語、歴史、文化、思想、精神文化を学び、知識として蓄え、自分の中で咀嚼し、それに対する自分の考えを持っていること」である。

外国語教育は否定せず、しかし最も大切なのは母国語および母国についての学びである。いずれ文科省が言い出すと思う、「もっと日本語および母国について見直しましょう」と。そしてまた学習指導要領が改定される。

2/03/2011

会津藩 什の掟

白虎隊で知られるわが福島県の会津藩。その会津藩には「什の掟」があり、藩教育の骨格を形成していた「きまりごと」でもあります。

会津藩 什の掟
1.年長者の言うことに背いてはなりませぬ
2.年長者には御辞儀(おじぎ)をしなければなりませぬ
3.嘘言(うそ)をいう事はなりませぬ
4.卑怯な振舞(ふるまい)をしてはなりませぬ
5.弱い者をいぢめてはなりませぬ
6.戸外で物を食べてはなりませぬ
7.戸外で婦人と言葉を交えてはなりませぬ
ならぬことはならぬものです


いかがでしょうか?
ほとんどが現在の教育にもそのまま当てはまるものばかりではないでしょうか?

勿論、異論を唱えたくなる場合もありますが・・・特に7は、世のお父さん方は「とんでもない、時代錯誤もいい所だ」と言いたくなるでしょうが、奥様方にとっては「うちの旦那のためにある掟」とおっしゃるかもしれません (^^)

福島県議会では、「子育てしやすい福島県づくり条例」が可決され、この「会津藩 什の掟」についても条例前文で触れています。

子育てしやすい福島県づくり条例
http://www.pref.fukushima.jp/gikai/fu_10/data/jourei/04.html

毎日jp記事
http://mainichi.jp/life/edu/child/archive/news/2010/12/20101209ddlk07010162000c.html

YOMIURI ONLINE
http://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/news/20101125-OYT8T00208.htm

福島民報
http://www.minpo.jp/view.php?pageId=4147&mode=0&classId=&blockId=9760955&newsMode=article

清水敏男議員のTwitter
http://twitter.com/#!/shimizutoshio/status/5543644987658240